東京地方裁判所 平成11年(ワ)25861号 判決
原告 インターブリッジ株式会社
右代表者代表取締役 河村哲雄
右訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 岡田英之
同 大石篤史
同 平野正弥
同 高橋聖
同 渡辺伸行
同 中田俊明
右岡田英之復代理人弁護士 荻原雄二
被告 荒井顯吉
被告 荒井みつ惠
右訴訟代理人弁護士 吉岡桂輔
同 村木政之
同 清野英之
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金五〇七六万八〇〇〇円及びこれに対する平成一一年一〇月二〇日より支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因(被告両名に対し)
1 平成五年当時、被告荒井顯吉(以下「被告顯吉」という。)及び被告荒井みつ惠(以下「被告みつ惠」という。)は、別紙物件目録記載二の区分建物の一部(以下「本件店舗」という。)を含む別紙物件目録記載一の区分建物の専有部分(以下「本件ビル」という。)を共有し、貸ビル業を営んでいた。
2 昭和五七年七月五日、被告らは、根抵当権者を株式会社三菱銀行(後に株式会社東京三菱銀行と商号を変更。以下「訴外根抵当権者」という。)として、本件ビルに以下の根抵当権を設定した(以下「本件各根抵当権」という。)。
(一) 債務者 被告顯吉
極度額 五八〇〇万円
債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権
(二) 債務者 被告みつ惠
極度額 四二〇〇万円
債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権
3(一) 平成五年九月一日、被告らは、原告に対し、本件店舗を、以下の約定で貸し渡した(以下「旧賃貸借契約」という。)。
(1) 賃料は一カ月金九四万九七五四円とする(消費税は金二万八四九二円とする)。
(2) 賃貸期間は、平成五年九月一日から平成七年八月三一日までとする。但し、被告らが期間満了の六カ月前までに原告に対し更新拒絶の通知をした場合を除き、期間満了の翌日より起算して更に一年間契約を更新し、以後この例による(以下「本件更新の約定」という。)。
(3) 原告は被告らに対し、敷金として金五三四四万円を支払う。敷金は、原告が、明渡しその他の義務を完全に履行し、かつ本賃貸借契約が終了したときから六カ月を経過した後に、原告の請求に基づき返還される。但し、被告らが原告に返還する敷金は、償却費(同敷金の五パーセントに相当する金二六七万二〇〇〇円)を差し引いた残額とする(以下、本賃貸借契約に伴う右の敷金を「本件敷金」という)。
(二) 仮に、被告みつ惠が旧賃貸借契約を締結していないとしても、同被告は、後日、右契約を追認した。
4 平成五年九月二〇日、原告は、被告らに対し、右敷金及び右償却費に対する消費税額の合計として、金五三五二万〇一六〇円を交付した。
5 平成九年七月二五日、本件ビルについて競売開始決定がなされ、その登記がなされて、差押の効力が生じた(以下「本件差押」という。)。
6 平成九年九月一日、旧賃貸借契約は、更新後の期間が満了し、本件更新の約定に従って更新された(以下「本件更新」という。)。
7 平成一一年四月一九日、訴外ゴールドマン・サックス・リアルティ・ジャパン有限会社(以下「本件競落人」という。)は、右競売により本件ビルの所有権を取得し、移転登記がなされた。
8 平成一一年四月一九日ころ、原告と本件競落人は、本件競落人を貸主、原告を借主とする本件店舗の賃貸借契約を締結した(以下「新賃貸借契約」という)。
9 よって、原告は、被告らに対し、本件敷金(償却費を差し引いた残額)の返還及びこれについての遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び法律上の主張
1 被告顯吉
争うことを明らかにしない。
2 被告みつ恵
(一) 請求原因1、5ないし7は認める。
請求原因2、8については、争うことを明らかにしない。
請求原因3、4は、被告顯吉に関しては不知、被告みつ惠に関しては否認する。被告みつ惠は旧賃貸借契約の締結に関与していないし、その追認もしていない。
(二) 本件競落人への賃貸借関係の承継(以下「主張1」という。)
本件店舗の所有権を本件競落人が取得したのであるから、旧賃貸借契約に基づく賃貸人の地位は本件競落人に移転し、本件敷金の返還義務も本件競落人に移転している。したがって、原告の被告らに対する敷金返還請求には理由がない。
(三) 被告らへの明渡しの未了(以下「主張2」という。)
敷金返還請求権が発生するためには、旧賃貸借契約が終了しただけでなく、原告が被告らに対し本件店舗を現実に明け渡すことが必要である。この旨は、旧賃貸借契約の契約書上も規定されている。しかるに、原告は被告らに対し右現実の明渡しをしていない。したがって、原告の請求には理由がない。
三 被告みつ惠の抗弁
1 免責的債務引受
本件競落人は、新賃貸借契約を締結するに際して、原告との間で、被告らの本件敷金返還債務を免責的に引き受けた。よって、被告らの本件敷金返還債務は消滅している。
2 信義則違反
新賃貸借契約においては、賃貸人たる本件競落人と賃借人たる原告との間で敷金の授受がなされていないが、にもかかわらず、契約終了時には賃貸人が賃借人に対し敷金を返還することとされている。かかる場合において、原告の被告らに対する本件敷金返還請求を認めることは、原告に二重に利得を認めることとなり、信義則に反する。
四 抗弁に対する認否
争う。
理由
一 請求原因事実について
1 被告顯吉について
被告顯吉は、請求原因事実を争うことを明らかにしないから、これを自白したものとみなす。
2 被告みつ惠について
(一) 請求原因1、5ないし7の事実は、当事者間に争いがない。
請求原因2、8については、争うことを明らかにしない。
(二) 甲第二、三、六号証によれば、被告みつ惠は、同顯吉と共に、原告との間で旧賃貸借契約を締結し、本件敷金の交付を受けたことが認められる。
(三) 以上、請求原因事実はすべて認められる。
二 被告みつ惠の請求原因に対する法律上の主張について
1 主張1について
旧賃貸借契約は、短期賃貸借であって、先に設定された本件各根抵当権にも対抗できる。しかし、本件更新は、本件差押がなされた後にされたものであるから、本件各根抵当権に対抗することができない(最高裁判所昭和三八年八月二七日第三小法廷判決、同昭和四二年四月一八日第三小法廷判決参照)。したがって、旧賃貸借契約の賃貸人たる地位は、被告らから本件競落人には承継されておらず、本件敷金の返還債務も、本件競落人に承継されていない。
よって、被告みつ惠のこの点の主張には理由がない。
2 主張2について
前記のとおり、本件においては、被告らは本件店舗を含む本件ビルの所有権を失い、旧賃貸借契約の賃貸人たる地位は本件競落人に承継されないので、被告らの賃貸人としての債務は社会通念上履行不能になったといえ、これにより旧賃貸借契約は当然に終了したものと認められる。
ところで、敷金は、賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保するものであるところ、一般に、かかる債権は、賃貸借契約終了後も、賃借人が建物の明渡義務の履行を完了する時までは発生する可能性がある。したがって、敷金返還請求権は、一般に、賃借人が建物明渡しを完了した後、それまでに生じた一切の被担保債権を控除してなお残額があることを条件として発生するものとされる(最高裁判所昭和四八年二月二日第二小法廷判決)。本件の旧賃貸借契約における敷金に関する約定が、契約が終了し、かつ明渡しが完了した後に敷金返還義務が生じるものとしているのも、かかる理を確認しているものと解される。
しかしながら、本件では、旧賃貸借契約は、賃貸人たる被告らが目的物たる本件店舗の所有権を失ったことを原因として終了したものであり、他方、原告は、本件店舗の利用を継続するために本件競落人との間で新賃貸借契約を締結するに至っているもので、仮に原告が被告らに本件店舗を明け渡したとしても、被告らはこれを本件競落人に引き渡さなければならず、さらに、本件競落人は、新賃貸借契約に基づき、原告に対し、これを引き渡すことになる。このように、建物賃貸人がその所有権を喪失したことが原因で賃貸借契約が終了し、他方、賃借人が新所有者との間で新たに賃貸借契約を締結してその利用権原を確保するに至った場合、建物の旧所有者は、特段の事情のない限り、その明渡しを受ける実際上の利益を失っているものといえる一方、賃借人に一旦旧所有者に建物を引き渡すべきとすることは、いかにも迂遠であって、無用な負担を強いることとなる。したがって、かかる場合、特段の事情のない限り、賃借人の旧所有者(賃貸人)に対する建物の明渡義務は消滅するものと解すべきである。そして、かかる場合、賃借人は賃貸借契約に関し賃貸人に対しこれ以上新たな債務を負担する余地はなくなるので、賃借人が敷金を差し入れている場合、特段の事情のない限りその被担保債権は確定し、賃借人は直ちに敷金返還請求をなし得るものというべきである。
しかるところ、本件においては、原告が被告らに対し本件店舗を明け渡すべきと考え、あるいは、本件敷金の返還請求権が未だ発生していないと考えるべき特段の事情が存在することはうかがわれない。したがって、原告の被告らに対する本件店舗の明渡義務はすでに消滅し、原告は被告らに対し、直ちに本件敷金の返還を請求できる。
よって、被告みつ惠のこの点の主張にも理由がない。
三 抗弁について
1 被告みつ惠は、新賃貸借契約を締結するに際して、本件競落人は被告らの本件敷金返還債務を免責的に引き受けた旨主張する。しかし、右事実を裏付ける証拠はなく、右抗弁の主張には理由がない。
2 また、被告みつ惠は、新賃貸借契約においては、敷金の授受がなされていないにもかかわらず、契約終了時には賃貸人が賃借人に対し敷金を返還することとされているので、原告の被告らに対する本件敷金返還請求は信義則に反する旨主張する。しかし、新賃貸借契約においてかかる敷金返還の合意がなされていることを示す証拠はない。よって、右抗弁の主張にも理由がない。
四 まとめ
以上によれば、原告の請求には理由がある。
(裁判官 内田博久)
(別紙)物件目録
一 (一棟の建物の表示)
所在 中央区銀座壱丁目六番地壱、六番地弐九、六番地四壱、六番地四参、六番地四四
構造 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付九階建
床面積 一階 五五弐・九〇平方メートル
二階 六五五・弐九平方メートル
三階 六五五・弐九平方メートル
四階 六四弐・四〇平方メートル
五階 六壱六・参四平方メートル
六階 六〇壱・八〇平方メートル
七階 六〇壱・八〇平方メートル
八階 弐参九・参四平方メートル
九階 壱弐壱・五九平方メートル
地下一階 五九〇・参〇平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 銀座壱丁目六番壱の弐
種類 店舗・事務所
構造 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付八階建
床面積 一階部分 参六参・四参平方メートル
二階部分 四壱八・弐壱平方メートル
三階部分 四壱八・弐壱平方メートル
四階部分 四壱八・弐壱平方メートル
五階部分 四壱八・弐壱平方メートル
六階部分 四壱八・弐壱平方メートル
七階部分 四壱八・弐壱平方メートル
八階部分 六七・参六平方メートル
地下一階部分 参五五・六弐平方メートル
共有者 荒井顕吉 持分四七八五五分の弐七七壱四
共有者 荒井みつ恵 持分四七八五五分の弐〇壱四壱
二 右物件一階部分のうち添付図面斜線部分(八八・参参弐平方メートル)
添付図面<省略>